漫画少女
#BOOKCOVERCHALLENGE
DAY 3
BASARA / 田村由美
恵まれた豊かな自然に囲まれて育っても、それを楽しむ技術がなければ、ただ単に何もなくて退屈な場所というだけだ。
私は青森県の中でも本州最北端に位置する半島で生まれ育ち、少なくとも3代はこの土地で生まれここで生涯を送っている。両親にとってはこの環境がいたって普通であり、改めて魅力を発見したり工夫したりして楽しむようなタイプではなかった。誰かが遠方から遊びに来ても「なにもないよ」「なんでわざわざ」が決まり文句。
私も、東京で暮らすようになって客観的に眺めるまで、地元の良さには気がつけなかった。
つまり何が言いたいかって、生まれ育った場所で、物心ついた頃はもう兎にも角にも暇だったのだ。
そんな中で密やかな楽しみとしていたのは、父が持ってくるマンガ雑誌。
ジャンプ、マガジン、サンデー、チャンピオン、ビッグスピリッツ、ヤンマガ、漫画ゴラク、etc...コンビニの棚にあるほぼすべての週刊 / 月刊両誌が家にあった。
父の兄弟で回し読みした最終地点が我が家らしく、いつも最新のものがテレビの横に積まれていて、それをこっそり(堂々と呼んでいたら怒られた、なぜならほぼ青年向けだから)読んでいた。
自転車の補助輪が外れ、自力でそこそこ遠くまで行けるようになってからは、本屋巡りの日々が始まる。1日5時間くらいは余裕で本屋に居た。少女漫画や同人誌、とにかくジャンル問わず漫画という漫画をバサバサと読んだ。
………買って読めや、というツッコミを入れたくなるんだが、当時のお小遣いは500円〜1000円。本は別枠で買って欲しいと思うが、漫画本は嗜好品なのでなかなか買ってもらえないし、漫画喫茶もない田舎。親におねだりのできない性格の長女だったので大目にに見てくださいませ………
そんな私的立ち読みワークのなかで一番のお気に入りだったのが、こちらである。
少年・青年マンガ、少女漫画の両方が好きだった私に、両方の良さが融合された壮大なファンタジーであるBASARAは最強の物語だった。1990年〜1998年という長期連載なので、私が小学生から中学生にかけて連載されていた思うと恐ろしい長さ!
しかし、この本の結末を知るのは、だいぶ大人になってからとなる。
BASARAが最終回を迎えんとする中学2年生の頃、いじめにあった。
全員に無視されていたわけではないが、当時仲が良かった子の大半は友達という存在ではなくなってしまった。(この時も変わらず接してくれた子たちのことは一生忘れないし、その後今まで続く人間関係の見極めになった)
いじめの最中は、とんでもない言いがかりや悪口が飛び交うものなのだが、その中に
「あいつ、マンガばっかり読んでて気持ち悪い」
というのがあったのだ。
中学二年生。中二。厨二。ファッション誌を読むようになり、マイナーなバンドの音楽を発掘するようになり、「少女マンガを読んでいる」というのが幼稚に思えるという思春期真っ只中という背景のせいもある。今思うと超ウルトラスーパー謎の言いがかりだけど、当時はいじめの中心人物が言う〈私の悪いところ〉すべてを直そうとしたのだ。こんな狭い町の本屋で、どこの誰からみられているかなんてわからない。常に誰かに見られていることを意識するようになり、私はしばらくファッション誌とカルチャー誌しか読まなくなった。10代の自意識の出来上がりである。
そんなこんなで漫画全般を堂々と好きと言える状態から遠ざかっていたのだが、上京してからは特に隠す必要もなくなった。誰からどうみられてもいいやという解放感!しかも、都会には、漫画喫茶という最高の場所もある!!
あるとき、ふとBASARAを最後まで読んでいなかった事を思い出し、漫画喫茶で完結まで一気読みを敢行する。
もう、語彙力ない状態になるが、サイコーーー!!!である。もう、こうふん!!!
わたしを漫画から遠ざけたあの一件を、名作を中途半端に終わらせてしまうに至った出来事を、いろんな角度から恨む。
数年後、より大人になった私は、大人であるからゆえの大人買いを決行し、今では全巻が手元にある。数年に一回は読み返しているよ。
漫画さいこー!!!
なんか文章にすると重い話になってしまったけど、今や酒場ネタにするくらいサラッとした話です!私の口調で再生してね!
主犯者よ超絶不幸になれ、とは一生思うけどね。やーいやーい
- 以前のBOOK COVER CHALLENGEエピソード
DAY 1
DAY 2
青い部屋の、赤い白熱灯
#BOOKCOVERCHALLENGE
DAY 2
TOKYO STYLE / 都築響一
不要不急の外出を制限された私たち。
日用品を買いに出るついでに、少しでも日光を浴びようと散歩に精を出す人が多いと思う。
かくいう私もその一人で、駅前に買い物に出るついでに、近所だけれども普段通らない人気のない道を見つけては入り込み、プラプラと散歩している。そしてそこで、古びた愛おしい佇まいの民家や、経年劣化が進み味の滲み出たアパートに出会ってウキウキしている。
隙なく設計されていてシャープで機能的で格好いい建物よりも、お洒落で丁寧に整えられた空間よりも、多少雑に散らかっているような家を見るのがが好きなのだ。ちょっとだけヘンテコで、癖があって、本人のこだわりという名の味があったらなおいい。
これは、人間の好みにも共通するところがある。
散歩中にそんな部屋がありそうな空気を纏った建物に出会うと、いてもたってもいられない。なるべく怪しまれないようにジロジロ見回して、庭に転がってるものや窓辺に置かれているものからその部屋の内装を想像し、どんな風になっているんだろうと思いを巡らせる。
古ぼけた戸建で、建て増しをした跡なんかがあったら、もう、最高!だ。
建て増しだらけの木造の家ほど好物の物件はない。
叶うならば、その辺にあるごく普通の民家に、突然ピンポンして上がり込んで中を見たい!!!!
そんな私の趣味嗜好を満たしてくれたのが、この本である。
素敵でお洒落なインテリアに囲まれているのではなく、賃貸の狭い部屋や、年季の入った古い家でごちゃごちゃと生活している、東京のリアルな生活空間にフォーカスした写真集。出会った時は、ブラボー!!!と叫びたくなる気持ちだった。
ページを捲りながら思い出すのは、中学1年生の頃。
女友達のKちゃんと、お互いの家に泊まりに行くことにして、最近できたばかりの金谷公園で一晩過ごそうと目論んだある夏の夜。そこに、Kちゃんの知り合いというちょっと悪そうな先輩が通りかかり「友達の家に行くから行こうぜ」という感じに誘われた。夜道を友人らと歩くなんてお祭り以外で初めての私は、ドキドキでついていった。
溜まり場であろう家に入り部屋の扉を開けると、そこは壁一面を水色のブルーシートとポリ袋で覆った水色の部屋。赤色の白熱灯が灯り、煙った部屋の中で数人の先輩方と思われる男女が、缶チューハイで酔っ払いながら駄弁っていた。壁には所々赤いマッキーで電話番号や好きな人の名前なんかが落書きされていた。
昭和に建ったであろうごく普通の一軒家の和室が、こんなことになっているなんて、想像もつかなかった!すれ違う人たちの心の中がわからないように、パッと見普通の顔した家の中がこんな秘密基地みたいになっていた、という事実に痺れた。
深夜の外出ですら刺激的なのに、この異空間。
半ファンタジーな気分で公園に戻り、真新しい金谷公園の、トイレの広い棚で眠った。
今や誰の家だったのかは思い出せないけれど、ローティーンの不良だった彼らは大人になり、あの部屋は普通の和室に戻っているだろう。もしくは、子供が引きついで、また自分の色に染めているかもしれない。なぜああいう風な部屋にしたのかの理由はきっと多分なくて、あのときの思いつきと情熱だったんだろうなと思うと、なお愛おしい。
あの部屋の外界からの手がかりは、きっと窓から漏れる赤い光だけだっただろう。散歩中に見る一見普通の家や建物だって、意図せず誰かの秘密基地のようになっているのかと思うと、観察せずにはいられない。古ほけた家だとなお良いのは、誰から誰かへ受け継がれた歴史が積もっている可能性まで想像できるからだ。
いつか、そこらへんの民家にピンポンして突撃してみたいなぁ。ヨネスケうらやましい。
- 以前のBOOK COVER CHALLENGE
DAY 1
ライドライドライド - 藤代冥砂
本は大好きでよく買うんだけど、ろくに読まない。
全く読まないというわけではないが、月に数十冊も本を読んで知識を蓄えている人と比べたら、私なんぞがすみません…という気持ちだ。
でも、好きだ、とは言いたい!
あの紙の束の、質量とか佇まいとかデザインとか印刷とか、物質としての存在が好きなのだ。
そうして気に入ったものをちまちま買っていて十数年経ち、いつしかそれらが壁一面の本棚を埋めるようになってしまった。
たとえろくに読んでいなくても、それぞれに気に入ったエピソードがあるわけで(例えば、表紙の印刷が素敵だとか旅先のあの本屋で買ったなとか)、私はそうやって手に入れた本を一切捨てられない。同じような意識の夫と暮らしているので今後の人生はそこそこ本に埋もれていくことになると思う。
-
コロナ渦で流行っている #BOOKCOVERCALLENGE という企画(?)が回ってきた。
指名された人が7日間好きな本の表紙をSNSにアップしていく、というバトンリレーだ。そのバトンを受け取った時、フフフ、我が家は本ならたくさんあるぞ!とニヤつきながら久々に本棚を掘り返してみたら。
まぁ面白い!!
この企画、自分でも忘れていた本を棚から見つけ出し、ふとそれにまつわるエピソードを思い出したりするためにあるのかな、と思ったら、なんて良い企画なんでしょう(当人比)
せっかくなので、インスタグラムのストーリーに淡々と表紙をあげつつ、
こちらで本と自分の関わり方のエピソードを振り返っていきたいと思う。
#BOOKCOVERCHALLENGE
DAY 1
私の人生を、なかなかに狂わせた一冊。
18歳の頃、高校を卒業して東京デザイナー学院に入学するために上京した。
校舎はお茶の水〜水道橋〜神保町の間に複数点在していて、授業ごとに指定された校舎の教室に行く。
神保町、水道橋、をつないで板橋区へ下っていく都営三田線の沿線に住んでいたので、学校帰りに神保町の古本屋街をふらっと回ることもあった。
そんな時手に取ったのがこの本で、パラパラとめくって衝撃を受けたのを覚えている。
刺激的な旅を綴る文章にひきこまれ、それを記録した生々しい写真にドキドキし、書き手の方に惚れてしまう!!!と鼻血が出そうになりながら、わたしは買わなかった。
1380円で刊行されたこの本、当時すでにプレミアがついて5000円以上の価格で売られていたのだ。
18歳の私、金がなかったのである。
で、それから数年が経つ。あの本誰の何ていうタイトルだったっけ?とほんわかした記憶ながらもドキドキした感覚だけを覚えているような状態の時、友人から誕生日プレゼントに「もう、家へ帰ろう」という写真集をもらう。
なんとなく文章に覚えがあって著者を検索したら、あ!これだ!!!!と。ライドライドライドに、Amazonで運命の再会を果たす。
すでに社会人。薄給ではあるが、買えないことはない価格。えーい!と、5000円を支払って購入したのであった。
しかし、ここで事件が起こる。
当時一緒に暮らしていた社会的モラトリアム期の恋人が、私の本棚からふと手に取ったこの本に感化され、ひとり旅がしたい!と思い立ちタイに旅立っていった。この本を持って。
いいね〜と和やかに見送ったわけだが、帰国してからが穏やかじゃなかった。
「俺は日本じゃねぇ」「日本は狭い」「そうやって仕事しててなんか楽しい?」
……
バックパックの旅でくしゃくしゃに汚した本を「旅の味が出たでしょ?」と悪びれもなく私の前に投げ出し、好きな仕事に就いてペーペーながらも頑張っていた私に、夢見る10代男子かよ!的なドリーミーワード口撃。
この恋愛が破談となるのは、想像に難くない。
それまで喧嘩することも揉めることも全くなく、このまま穏やかに一生一緒に居るんだろうな〜と思っていたのに、まさかの一冊の本が運命を変えてしまったのである。
数年後、「あのボロボロな写真集もういらないでしょ?ちょうだい?」みたいな連絡が来たので、ブチギレてしっかり弁償してもらった。
失礼を重ねられすぎて、未練とか1ミクロンもない。
さらに数年が経ち、私はフリーランスになり、その傍らで喫茶スマイルというバーで火曜日のバーテンダーをしていた。
アラサーの我々は、まぁよく酒を飲んだ!友達が友達を連れてきて、同業界の輪が広がって、すごく楽しかった。(朝まで飲んで朝から会社に行くみなさまかっこいいな…と思いながら、私は昼まで寝ていたが)
で、先ほどの「俺は日本じゃねぇ」君のエピソードはすでに酒場の鉄板ネタとして確立していたので、私はバーカウンターでよくその話をしていた。
そしたら、まさかの。
「俺!藤代さんの弟子だった!」
吹いた。
彼も、この本をきっかけに師匠に惚れ、写真家を目指して上京し、ある時ラッキーなタイミングがあり弟子になれた、と。
最近独立したという彼はその日が初来店。
友達の友達の友達(遠いな笑)で、音楽の話でオーナーと意気投合し、店に馴染んで、一人でもフラフラと訪れるようになった。こういう、「約束して会うわけじゃないけどたまに顔合わせたら話す」みたいな距離感の知人が大人になってからできるのは、酒場ならではの楽しみだと思う。
それからまた数年。色々とあって(本と関係ないエピソードなので省きます、笑)人生再スタートだな〜と引っ越してきた街の友人コミュニティで、より彼と仲良くなることになる。
はい、なんの因果か、今では我が夫です。
はい、最終的に夫との出会いエピソード(ハート)みたいなただの甘い話になってすみません。
ということで、この本は我が家に今、2冊ある。
あの時あのタイミングでこの本がなければ違う人生だった!という一冊。
わたしの人生を導いてくれたと言っても過言ではないほどの何かが詰まっているもんで、神棚にでもあげるべきだろうな。
どんとこいロックダウン
「ロックダウンしたらやばいね」
「どうなるか予測しておいたほうがいいね」
という連絡をいただいたり、情報を見たりする。
現在の、新型コロナウイルスのパンデミック直前中の2020年3月末のことである。
ロックダウン=街の封鎖、屋外活動の禁止
で?と思う。
具体的に困ることがあるとしたら何?解決方法は?
なぜみんな「困った」「ヤバイ」とは言うのに、解決方法のアイデアを出さないのか?
世の中のみんなが困らない方法なんていうものは国にお任せするとして。
私は私のライフスタイルの上で困った場合のアイデアを出しておけば安心かな、と思い、メモとして書き出しておく。
外出禁止(と、それに伴う心理状態)
これは個人的にはあまり問題ない。なぜならインドア生活キャッホー!派だからだ。家で仕事もできるし、暇な時は外出せず漫画を読んでるし、能動的に引き篭るのはハッピーで楽しい。さらに、みんなアクティブに色んなことしてるのに私って…という引け目を感じなくて良いなんて、ちょっとラッキーである。
ひとつ問題があるとしたら、カリギュラ効果という心理状態かなと思う。カリギュラ効果とは、制止されるほどやってみたくなる心理現象のこと。
鶴の恩返しで「のぞいてはいけないよ」と言われて中をのぞいてしまった村人よろしく、「外に出るな」と言われると「嫌だ!出たい!」という思いが沸くのです、人間だもの。
しかし、このムズムズした思いがそういう心理効果のなせる技だとわかってしまえば、まぁ仕方ないなと思える。鬱憤が溜まった人たちを見ても、外出欲求が膨らんでイライラしてきても、不可避な心理現象だという原因がわかっていれば心は概ね穏やかだ。
食料ストック
実はこれもあまり問題ない。ふるさと納税で、割りのいい「米15kgで○円」「精肉3kgで○円」とかを駆使しているので、現状で冷凍庫はパンパンだし米も十分にあるのである。ロックダウン時もスーパーへの買い物などは許されるだろうし、ストックに向かない生鮮食品は買い占められていないので問題ない。
30代2人の我が家、今あるもの+生鮮食品を買い足しながら数ヶ月は暮らせそうである。
まぁ、仮に米がなくなったとしたら?でアイデア出してみる。米=エネルギーとなる炭水化物ね。
① 餅くう(餅は市場になぜかたくさんあるぞ?)
② 小麦粉で作れるものを作って食う(うどん、ぱん、とか)
③ 片栗粉活用(わらびもちとか)
④炭水化物を含む野菜を主食として食う(いもとか)
問題なさそう。なんなら暇だろうし、手の込んだ料理作るのもありだ。あとは、お肉がなくなったら、豆腐や大豆でタンパク質をとろう。
しかし、もしのもしのもし、無いとは思うけど、物流が止まったら……?
そうなったらもう別フェーズの問題という気もするけど、野草のこととか、調べる時が来るのかもね。
マスク
無問題。
「今あるものがなくなったら布で作る」
終
制作・著作
━━━━━
ⓃⒽⓀ
ハンドソープ
殺菌効果のあるハンドソープ、どこもかしこも品薄だ。
さてこれがなくなったらどうしよう?と思っていたところ、殺菌効果を謳っていない石鹸でも丁寧に手を洗えばいいらしい。用は界面活性剤の効果だそう。
石鹸は市場に全然出回ってる。解決。
記事-手洗いは石鹸でOK
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/032000184/
トイレットペーパー
我が家的には、これが一番頭を悩ます問題かもしれない。ちょっと前に底をつきかけた時はヒヤヒヤした。そして、その時に「もしもトイレットペーパーが手に入らなかったら?」と出したアイデアがこちら。
Level 1…ティッシュペーパーを、ゴミ箱(100均とかで買う)に捨てる海外スタイルにする
Level 2…キッチンペーパーを、以下同文
Level 3…半紙、ノート、コピー用紙などを、以下同文
Level 4…裏が白い紙を揉んで柔らかくして、以下同文
Level 5…捨ててもいいタオルやティーシャツを10cmx10cm四方の端切れにしてストックし、以下同文
Level 6…即、風呂
ここまでやったらもう上のレベル、ないよね…??
とはいえ、ドラッグストアで買い占めを企てているあなた。聞いてください、Level 4(まで行きたくない、紙で終わらせたい)。
君が紙の カギになるから…()
まとめ
ということで、我が家のライフスタイルでは特に困らないぞ(アイデアで解決できる範疇だぞ)、という結論。
ただ、あくまで我が家は高齢者、乳幼児、子供らが居ない状態の上でなので、これが全ての人に当てはまるわけではない、と思いつつ…
漠然とした大きな不安は神に祈っても国に頼っても解決しないので、自分に関わることだけでも問題点(=何が不安で困るのか)と解決アイデア(=具体的かつ現実的方法)を整理して書き出しておくと、突然絶望したり精神ヤられないで済むな、と思った次第でした。
期待しない生活は最高
付き合っている相手に腹が立つことが、ほぼ無い。
意見の違いから喧嘩をする事はもちろんあるけど、「許せないこと」「してほしいこと」みたいなこちらから細々と求めることが、ほとんど無いのだ。
逆に言うと、些細な事が気になって腹が立ってきた時はもう終わりの前兆だ。そこから徐々に思いが冷えてカチコチに固まって、ゆっくりと相手に興味を失って終わってゆく。
もちろん、思春期の恋愛からずっとこうだったわけではなくて、大人になってからしっかり長く付き合った人たち、であるが。
「すごいね」「やさしいね」と言われる事もあるけど、いつもその言葉にちょっと違和感が浮かぶ。たぶん、それは真逆なのだ。
「あなたに期待をしていないし、私にも期待しないでほしい」ということだから。
さらに言うと、「あなたを縛るつもりはないから、私のことも縛らないでほしい」だし、「あなたの生活スタイルや人間性に文句を言う気はないから、私にもとやかく言わないでくれ」である。
捉え方によっては、とても冷たいことかなぁと思う。
もちろん今の旦那さんに対してもそう。ただ、彼も同じ人種なので、生活をする上での相性がめちゃくちゃいい。
例えば家事。
掃除・洗濯・料理、全てにおいて「気になったほうがやる」を徹底している。
そうなると結局私の比率が多くなるのだが、どうも気乗りがしない時、やりたくない時はやらない。必要に迫られても、どうしても嫌だったら、全部外注してだって、私は絶対に全力でやらない!
もしも、「なんでご飯がないの」「なんで片付いてないの」と相手から当然のように言われたら私はブチぎれるし、たぶん思いが冷えてカチコチになるスイッチが押されてしまう。
欲しいならつくれ。気になるならやれ。必要なら他者に求める前に、自ら得る方法を考えろ、自分の頭でよ?な?
(ほら、私、全然優しくない!!笑)
ある日、「あー部屋が汚くなってきた!でも掃除が面倒だ!」と私がムズムズしていると「全然綺麗!超綺麗!やらなくていい!!」と力強い返答が来る。彼は本気でそう思っているからだし、私はそれがめちゃくちゃ心地よくて爆笑してしまう。そして、まぁ明日でいっか、となる。
逆に「あー風呂が汚れている!」と憤慨している彼の気持ちが、視力0.1の私には全くわからない。だってコンタクトを外したら、見えないんだもん。そうこうしているうちに、彼がお風呂を掃除していてくれる。
そうやってなんとなく、風呂トイレは彼、それ以外は私、そして彼がたまに思いやりでアシストに入る(あ、これも別軸で大事なポイントですね)というバランスで、我が家のルールは独特ながらも平和に満ちている。
……いや、書いてて思ったけど、よく成り立ってんな笑。
追記
家事の中でも、自分に関係ないものに興味がないので、彼の部屋はノータッチだし、めちゃくちゃに散らかったままだ。「居心地が悪い…」とぼやく彼に「絶対に部屋が超散らかってるだからだよwww」とゲラゲラ笑ってる私。本日も我が家は平和です。
33歳からの歯列矯正
1.歯列矯正を始めた理由
2.歯の状態と矯正方法
4.一番辛かったこと
矯正を考えてる方、ワイヤー調整直後の二郎はマジでやめたほうがいいです。
と、ここまであたかも経験後日談のように書きましたが、実はまだ完了していない笑!
あと3ヶ月。マウスピースにしてからは本当に楽なので、残り少ない矯正のライフを楽しんでいる状態ナウ。
最後までやり切ったら、ビフォー&アフターの写真をもらおうと思う。載せるかも(醜態に耐えられたら)